三島徳七博士の紹介
| 三島徳七博士は郷土が生んだ工学博士で、マグネットの三島として世界に知られ、20世紀の化学産業の進歩発展に、学術上の礎を築いた偉大な工学者であります。 |
三島徳七のあくなき向学心と不屈の努力、実行力により生み出された功績に対し、学士院恩腸賞、文化勲章、勲一等旭日大授賞をはじめ国内外から数多くの賞をもって讃えられております。又、MK鋼発明後の昭和10年、当時の広石村に対し子弟教育支援基金の寄付等、故郷の子弟への思いは格別でした。昭和50年、徳七博士は数多くの功績をのこして83歳の生涯を終えられました。当顕彰室は、こうした徳七博士の足跡を陳列して、こどもから大人に至る多くの人々に博士の往時を偲び、学んでいただくために設置しました。
徳七博士は明治26年洲本市五色町広石下(当時の広石村下組)喜住家の7人兄妹の末っ子に生まれ、明治40年広石尋常高等小学校卒業。以後当時の中学校教科を独習し、明治44年立教中学校4年の編入試験に合格し入学。その後旧制第一高等学校、東京帝国大学へと進み、大正9年大学卒業の年、嘱望されて三島通良医学博士と養子縁組。二三子令嬢と結婚しました。
卒業後も東京帝大の講師助教授を務めながら、ニッケル合金の研究に努め、明治6年それまでの磁石の概念を根底から覆す永久磁石を発明しました。これに養家三島のMと生家喜住のKをとって、「MK鋼」と名付けました。
その後「MK鋼」は「MK5」と呼ばれる世界最強の磁石に改良する他、「MT磁石」「MV磁石」を発明しました。MK系磁石は、今日世界で使用されている永久磁石の七割以上をしめています。私達の生活の中でにもテレビ、ラジオ、自動車,等々にMK系磁石が使用されており、今や、MK系磁石は人々の生活になくてはならない存在となっています。

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